別に第5連隊の将校連が兵士

別に第5連隊の将校連が兵士の動揺を抑える手立てを施したわけではない。タゴロロームの駐屯地にいる時であれば、兵士の逃亡も容易であっただろうが、タゴロローム要塞よりさらに前線の陣地に来てしまった今となっては、西に逃亡すれば、敵に遭遇するかも知れないし、東に逃亡すれば、タゴロローム要塞から丸見えで、逃亡兵として処分されてしまう。逃げる逃げられない状況に追いやられてしまっていたのである。その状況の中で、ハンベエは朱古力瘤に一つの提案をしていた。それは、大八車の活用であった。タゴロロームの駐屯地から機材を運んで来た大八車が400台ほど、陣地後方に放置されていた。ハンベエの提案は、その大八車を反対方向にして、前面に槍を何本か装着し、かつ、盾を備え付けて、敵の弓に対する防ぎとし、この大八車を兵士二人に使わせて、敵の騎兵に対抗させようというものである。通常時であれば、下っ端兵士が何を言うかと鼻も引っ掛けられなかったかもしれないこのアイデアは、敵兵の数に錯乱して頭に血が上ったものか、連隊長の肝入りで、すぐに採用となった。まあ、気持ちは分からんでもないね。怖くて、じっとしてられなかったんだろう。敵が現れたのは、第5連隊の兵士たちが、敵兵多数の噂に縮み上がってから、さらに三日後の事であった。遥かなる地平の彼方に、高く土煙が舞い上がったと見えるや、ドドド、ドドド、ドドドドっと地を揺るがすばかりの馬蹄の響きとともに、騎兵の大軍団が現れた。第5連隊の兵士達は馬防柵に押し寄せて、敵の軍団を見に走った。雲霞の如くという言葉があるが、5万の騎兵は圧倒的ボリュームである。陣地の下に広がる草原が、全て人馬に埋め尽くされたかのようである。これを見た第5連隊の兵士達は息を飲んだまま、シワブキひとつできずにいた。「聞いた以上に多い気がするが。」ハンベエはボソッとドルバスに言った。「確かに、3万じゃきかんな。」ドルバスも腕組みをして唸った。ハンベエはタゴロローム要塞と陣地の位置関係、周囲の地形等を頭に浮かべて、しばし黙考していたが、班員のヘルデンを呼んで言った。「思うところがある。ちょっと隊列を離れて調べて欲しい事がある。」それから、ヘルデンに耳打ちして、何やら命令した。ヘルデンは無言でその場から去って行った。「何をさせるんだ?」ドルバスが怪訝そうにハンベエを見た。「取り越し苦労かも知れないので、今は言えない。」ハンベエは短く言った。その目は、普段のように眠たげに敵の騎兵に向けられていた。やがて、敵の大群の中から、一千騎ほどが陣地に向かって進んできた。一千騎・・・敵の総数からすると大した数ではないが、守る第5連隊にとっては対応を失敗れば、そのまま陣地を踏み破られてしまう数である。「弓、前へ。」第5連隊各大隊長から号令が発っせられ、弓兵士が馬防ぎの柵に陣取った。第5連隊は、今回の陣地防衛のために、急遽編成変えを行っていた。本来の連隊構成は弓隊、槍隊、剣士隊の三構成であるが、今回の敵に合わせて、弓隊、槍隊、大八車隊の三部隊に編成を切り替え、ハンベエ達剣士隊は槍隊と大八車隊に分割して配置された。