「七瀬さん
「七瀬さん、今日は何かいいことがあったの?」
「え?」
「表情から、凄く幸せオーラが出ているから気になって」
毎週治療で顔を合わせる患者さんからも、そんなことを言われてしまう始末。
自分でも気付かない内に、嬉しさのあまりにやけてしまっていたのだろうか。
「そうですね……良いことはありました」
「やっぱり。恋愛関係かしら?」
「まぁ……そんなところです」
「若いっていいわねぇ。best singapore stock broker今度詳しく話聞かせてちょうだいね」
「わかりました」
患者さんとのやり取りの間も、普段より気持ちが弾む。
恋をすると世界が変わって見えると昔誰かに聞いたことがあったけれど、今まで恋をしても世界が変わったと思えたことなんてなかった。
でも今は、新しい世界が開けたような、未知の領域に足を踏み入れたような、そんな気持ちになっていた。
昼休みの時間になり、私は同じく昼休み中の蘭と院内の食堂で合流した。
昨日のことで、まだ蘭にちゃんと感謝の気持ちを伝えていなかったからだ。
日替わりランチのハンバーグ定食の食券を購入し、列に並んで食事を受け取りテーブルに向かうと、蘭は先に食事を始めていた。「お疲れ様」
「お疲れー。ねぇ、昨日の夜どうだった?どんなエッチしたの?私のファインプレーのおかげで、かなり盛り上がったでしょ」
私が席に座るなり、蘭は興味津々といった表情で昨夜のことを聞いてきた。
蘭はいつも周りを気にせず大胆なことを口にしてしまうため、いつも私はヒヤヒヤしてしまう。
「本当に、蘭のおかげだと思ってる。ありがとう」
「……良かったね。甲斐は、あんたの元彼よりも百倍いい男だから、今までの百倍幸せになれるよ」
「百倍は言い過ぎのような気もするけど……うん、幸せになれると思う」
もう十分、幸せを感じさせてもらっている。
これ以上を望んだら、いつかバチが当たりそうだ。
「まぁでも甲斐は、誰にでも優しいのは難点だよね。誰からも好かれる人気者だけど、それって誰にでも愛想がいいからでしょ」
「でも、愛想が悪い人よりは全然いいよ」
私だけに優しくしてほしい、なんて甲斐に対してはきっと思わない。
甲斐が恋人にだけ優しくするような人ではないことは、最初からわかっている。
「私は普段クールだけど、彼女にだけはとびきり甘くて優しい男の方が好みだわ」
そのとき、久我さんの顔が急に頭に浮かんだ。
そういえば……あの後、蘭は久我さんに家まで送ってもらったのだろうか。「そういえば蘭、あの日久我さんの車に乗って帰って行ったよね」
「仕方ないでしょ、あの人の車で帰るしか帰る方法なかったんだから。あんたと甲斐の邪魔するわけにはいかないし」
「久我さんの様子、どうだった……?」
一時は久我さんに気持ちが傾きかけたこともあった。
もしかしたら、この人となら傷付かない恋が出来るかもしれない。
そんな気持ちから、彼からの食事の誘いに何度か乗った。
でも最終的に私は久我さんではなく、甲斐に気持ちを伝えることを選んだ。
そしてその背中を押してくれたのは、久我さんだった。
彼は私の気持ちを優先して行動してくれたのに、私は彼を傷付けることしか出来なかった。
「それはもう、見るのも無惨なくらい落ち込んでたよ」
「えっ」
「ウソ。本当は、割と平気そうに振る舞ってた。あの人、カッコつけだから他人の前で落ち込むような素振り見せないでしょ」
確かに、あまり感情を表には出さないタイプの人かもしれない。
久我さんは素敵な人だったけれど、会う度にいつも心の内が読めなかった。
本心を口にしていたのか、それとも本心は胸の奥に秘めていたのか、わからなかった。「依織が気にするほど落ち込んでないから大丈夫だって。ある程度、あんたと甲斐がうまくいくだろうって覚悟はしてたんじゃない?」
「……私がこんなこと言うのはおかしいけど……蘭と久我さんって、お似合いだと思う」
「はぁ?何それ」
「久我さんってなかなか本心が読めないところあるけど、きっと蘭なら久我さんのこと理解出来る気がするし、二人ってどこか似てるなって前から思ってたの」
「似てる?私とあの人が?やめてよ……私、あんな腹黒くないから」
思えば蘭も、久我さんのようにあまり感情を表に出すタイプではない。
どこかクールで、でも親しい相手に対しては情が厚く、他人の心を読む能力に長けている。
自分のことなんて後回しにしてしまう、お人好しな一面もある。
でも好き嫌いはハッキリしていて、自分というものをしっかりと確立している。
それに、蘭もなかなか本心を曝け出さないタイプだ。
あまり自分のことについては語ろうとしない。
考えれば考えるほど、久我さんとの共通点が見えてくる。
「とにかく!あの人の話はやめにしない?それよりさ、勝手に話変えないでよ。私は昨日の甲斐とのエッチの話が聞きたいの」「そんなストレートに聞いてこないでよ。言えるわけないでしょ」
「何今更恥ずかしがってんのよ。で、どうだった?前に甲斐と勢いでエッチしちゃったときよりも良かった?」
「……」
昨夜の甲斐とのセックスは、自分の中だけで大切に覚えておきたい。
答えたくないと思いながらも、良かった事実を否定したくもなく、私はハンバーグを口に運んだ後静かに頷いた。
「ふーん。なんか甲斐ってさぁ、付き合ったら超甘くなりそうだよね。愛してるとか、平気で言えちゃいそう」
甲斐が愛してると口にしているところを想像したのか、蘭は苦々しい表情を浮かべた。
本当に、遠慮のない友人だ。
「やっぱ友達のラブシーンって想像すると気持ち悪いね」
「蘭が勝手に想像したんでしょ。本当に失礼なんだから……」
軽く怒ってはみたものの、もちろん蘭に対して本気で怒っているわけではない。
蘭が毒舌なのは昔からだから、失礼なことを言われても少しも気にならない。
私は気持ちを切り替え、話を久我さんに戻した。
「ねぇ、蘭。久我さんにもし会うことがあったら……ありがとうございましたって伝えてほしいんだけど」
「……会うことがあれば、ね。一応、頭の片隅に入れておくわ」
本当は直接伝えたかったけれど、きっともう私が久我さんに会うことはない。